愚妻の業者選び
もう昨日のことになるが、隣の隣の市の業者との打ち合わせの話。
二時間半にも及ぶ愚妻と担当者の論戦の間、私はほとんど二人の子供の相手をしていたので、あまり話を聞けていなかったのだが、なかなか白熱していたようである。
基本的に担当者は、本音では「こんなややこしい人の工事を請け負うと、工事中や工事後にもいろいろ言われそうだから、別に引き受けなくてもいいや」と思っているのだろう。
捨て身で「プロとしての考え方は…」という表現を多く使いながら、妻の要望と真っ向から対立する意見を時折述べていたように思う。
これが、意外と妻にとっては悪くないらしい。
隣の市の業者はわがままな要望を苦心して取り入れ、また懇切丁寧に説明してくれた。
だがそれは逆に言うと、施主の言うことなら、納得いかないことでも、プロとしてのプライドを捨てて取り入れるということになるのかもしれない。
一見、妻にとっては何でも言うことを聞いてくれる業者の方が良さそうだが、そこが彼女のわがままレベルの高さである。
彼女の、自分の要望を聞いてほしいという気持ちは無論強いわけだが、だからといって、ただ何でもほいほいと聞いてくれればいいというわけではなく、自分達の考え方はこうだから、やめておいた方がいいと思いますよ、これまで多くの工事をしてきた経験から我々はこんなふうに思いますよ、と言ってくれた方が、彼女には有り難いらしい。
一体どないせえっちゅうねんという感じだが、彼女のわがままの奥行きの深さをご理解いただけるだろうか?
考えてみると彼女は、家を建てる工務店を決める時も、「うちで是非建ててください!お安くしますよ!ご要望は聞きますよ!」と擦り寄ってくるところではなく、寧ろ「建ててくれてもくれなくてもいいですよ。まぁ、うちで良ければどうぞ」という姿勢のところを選んでいる。その工務店とも、打ち合わせの時、そして建て始めてから、どれだけやり合ったか。
自分にとっていい物を手に入れるために、努力する姿勢。これだけは感心する。
私なんかより、余程物事に対して流されることなく、主体的に選択をしている感じがする。
さて、気の毒なのは隣の隣の市の業者である。
プロ意識を持って、愚妻のわがままを時には聞き入れ、時には受け流しながら、頑張ってもらいたい。
私もたまに「この人と付き合うの、大変でしょう。私も大概やられてまして」とか言って励ましてあげるというか、苦労を少しだけ分かち合おうと思う。
あ、まだ契約したわけではないけどね。

